海士と安摩-笑いの魔力

安摩の二の舞

なぜ、この面がここにあるのか?

渋谷は松涛、観世流のホームグラウンドともいえる観世能楽堂を訪れると、二階敷舞台奥の一室を着替えに使うことがある。 通常の催しでは入ることのない部屋だ。その壁に注釈のラベル付で掲げられているのがこの二面である。 「安摩の二の舞の面」。実物は緑色で、こんなに可愛らしくは無い。写真はある神社に保管されているもの。


舞楽「安摩」。その名を耳にしたことはあったかもしれない。あるいは舞人のつける奇妙な布の面(雑面)を目にしたことがあったかもしれない。しかし、ほかの舞楽と同様に、なにやら象徴的な幾何学的、神秘的な舞だ、程度の認識で通り過ぎていたようだ。それが大いに気になり始めたのは「陰陽師、大裳の巻:夢枕獏・岡野玲子」に出会ってからだ。 村上天皇 (967-969)内裏新造の際、安倍晴明は陰陽地鎮の舞安摩を舞う。そこには、こう記されている。 「安摩は、龍宮にある宝玉を、龍が好むという雀に化けて盗み出す様を歌舞に写したもの」。 どこかで、聞いた話ではないか?そう、能「海士」の話だ。そして、どちらも、「あま」なのだ。

かつては上図の雑面をつけた舞の後、例の老人面をかけた「二の舞」を舞った。かつて、というのがどれほどの昔なのかはよくわからない。しかし安倍晴明の時代にはまだ舞われていたようだ。 今日では雑面での舞いのみ残され、「二の舞」は復元することもままならないという。

「安摩」「二の舞」は天平年間(710~784年)に林邑国からの渡来僧、仏哲が伝えた「林邑楽」の一つといわれる。 林邑というのは6世紀頃今のベトナム北部にあった国だ。舞態や構成においても他の舞楽とは異なった特色があり、その伴奏楽器は横笛を中心に鞨鼓、太鼓、鉦鼓の打楽器のみという独特の編成で、楽曲は一定の旋律を洋楽のカノンのように追復的に吹奏する「乱序(らんじょ)」あるいは「乱声(らんじょう)」といった楽曲があてられる。 「安摩」の舞は、「安摩乱声」が奏される中、笏を持った二人の舞人が現れ、舞台上で登場の為の「出手(ずりて)」を舞う。 次にこの舞の属する調子である「沙陀調音取(さだちょうのねとり)」が奏され、当曲の演奏に入る。 この後繰り返される当曲には「蘭陵王」の初めの部分に奏される「陵王乱序」があてられる。 舞の途中で曲が途切れ、無音の中で再び「出手」の舞手を行う。この無音部分を「(さえずり)」という。 往古の舞楽では奏舞の最中に舞人が歌唱を行う習慣があり、これを「囀」あるいは「詠(えい)」といったが、その習慣が絶え、形のみが遺されているのだ。「囀」のあと再び「陵王乱序」が緩慢なテンポで始められると舞人はゆったりした舞手を繰り広げる「静安摩」。途中で突如として急激なテンポに変わり「早安摩」、舞人は激しい動作で跳躍しながら舞台を巡りあるいは前後に移動しつつ退出してゆく。 「二の舞」の舞人はそれぞれ老爺の咲面(えみめん)老婆の腫面(はれめん)をつけ、 老婆は手に楽太鼓の撥を持ち、共に滑稽なしぐさで舞台へと向う。 老爺は退出する舞人に笏を乞い、一人目に拒否され、ようやく二人目から受け取る。 「陵王乱序」が始まると二人は登台し、たどたどしい足取りで舞台を一巡し、所定の舞座につく。 次に老爺が「囀」の手を舞い、二人揃って「静安摩」「早安摩」に似た舞を舞ってふらふらになって退出して行く。 (散見する資料に基づく雅亮会の復元)

また、「陰陽師、大裳の巻 夢枕獏・岡野玲子」によれば、老爺は「」を唱える。 その言葉は『日は晩景になりにたり、我が行く先は遥かなり』という。

記録や伝承によれば、「二の舞」は、安摩の舞を真似ようとするが拙く滑稽で、観客の失笑を買うものだったという。 今日我々の使う「二の舞をふむ」という言葉は、この「二の舞」からきているらしい。

二の舞とは? 安倍晴明は選択する。「地鎮の安摩」において、「天地の縦糸を通す魔術師」になるのか。 それとも「龍宮の珠を盗む雀」になるのか。龍は、天地を貫くのうねりを象徴する。 これが動かず降雨のない状態が「陰」ならば、「陽」を象徴する「朱雀」をもってその瓦解に充てる。 「陰陽和した状態」を、球体(珠)をもって表すのだろう。

晴明は「雀」を選択した。「魔術師」は「場」を用意する。「雀」は天地の「陰陽」をつなぐのだ。 『霊(ひ)は盤型になりにたり。輪(わ)が行く先は遥かなり

「安摩」の地鎮は、雀=二の舞の老爺において達成されるのだった。 滑稽な仕草は観衆の笑いを誘った。「そうだ 呵呵と笑ってくれ。この際その笑いの力も利用する」二の舞によって意図的に作り出された笑いは、呪術の一部だったのだ。

二の舞はなぜ消えた? 「二の舞」は、なぜ消えたのか?非常に単純に考えれば、芸術的昇華のためだろう。 滑稽な芸は儀式の厳粛性や芸術的美意識に反すると考えられた、という推理も可能だ。 しかしこのとき、二の舞に秘められた呪術の重要性は忘れられてしまったのだろうか?‥少し、待って欲しい。

笑いは、呪術である。‥いったい、どこが?と、思わないだろうか。 舞が、音楽が、というならばまだしも。なぜならば、舞や音楽は、我々を非日常的な世界へと導く。 それは、舞や音楽が、日常にはない動きや音をもって、より高次な精神状態へと 私たちの体をシフトするからだろう。しかし笑いは、日常である。 しかも今日それが、我々をより高次な精神状態へシフトするとはいい難い。それでは、何故?

「海士と安摩-古代の笑い」へ続く

観世流能楽師  山下あさの